人生楽ありゃ苦もあるさ

日々のつれづれや大好きなものを力いっぱい叫ぶ代わりに書き綴っています。サイト更新情報や、時々BASARA二次創作(小政、家政メイン)も。 

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098.幸せだと、言ったけれど【戦国BASARA:小政】

(Shit!本降りになってきちまった)
茶湯座敷の下地窓から恨めしげに表を眺め、政宗は小さく舌打ちをした。“隠れ鬼”の最中にぱらりぱらりと雨が降り出したので雨宿りがてらこの茶湯座敷に逃げ込んだのだが、本降りになるのだったら少し濡れてでも屋敷に戻るべきだったのかもしれない。
得てしてそういう状況になってみて初めて後悔する訳だが、その時点の政宗にはその選択肢は全くと言っていいほどなかった。執務から逃げ出した手前、自分からすごすごと戻るだなんてcoolではないことをするのは負けず嫌いな政宗の主義に反していたということもあるが、何よりも自分から仕掛けて自分から放棄した際の、己が右目の止まることを知らぬ説教に延々と身を浸さなければならないことを恐れていたからだ。
勿論、右目に見つかってしまっても政宗の末路は然程変わることはなく、説教の海で溺れることになるのだが――そもそもあの男は殊、政宗に関しては傅役の時分から獣並みの嗅覚の持ち主なのだ――、自分から舞台を下りるのと相手に見つかって連れ戻されるのとでは心の持ちようが異なるものだ。政宗にとって前者は屈辱に近いが、後者は半ば自身が望んでいることでもあったから余計にそう感じているのかもしれない。
“隠れ鬼”というのは退屈を厭う政宗が政務を放棄して逃げ出し、それを〈竜の右目〉である片倉小十郎が追いかけるという、その一連を暗喩したものである。それは今の関係が構築される以前―――それこそ政宗が梵天丸という幼名で呼ばれ、小十郎がその傅役だった時分から続いているのだから相当年季が入っているというものだ。
幼少時の政宗は置かれた環境の所為か内向的で、そのくせ偏屈で癇癪持ちという凡そ可愛げなく、また扱い難い子供だった。愛情よりも諦念を先に覚えてしまった子供だったので致し方がなかったのかもしれないが、言葉にして気持ちを伝えようとしなかった――どうせ伝わらない、と端から諦めていたからだ――ために感情を持て余して結果癇癪を起こすという状態で、そうなると誰の手にも負えない。
そうして逃げ出した政宗を追いかけるのは決まって小十郎だった。無論それは傅役という責務に因るものであったかもしれないが、小十郎は政宗が何処に逃げ込んでも必ず見つけ出した。膝を抱えて蹲り、嫡男に相応しくないと思いながらも涙を止められずにいた自分をいつだって見つけてくれた。

『梵天丸様が何処に隠れようと―――この小十郎は必ず見つけて差し上げますよ?小十郎は“隠れ鬼”が得意なのです』

政宗を見つけるたびに小十郎は言ったものだ。
本当か。嘘ではないのか―――確かに当初は感情を持て余して逃げ出していたけれど、政宗にとってそれはいつの間にか小十郎を“確かめる”手段に変化していた。
逃げれば追いかける、否、逃げたら追いかけてくれる。そうすることで政宗はそれまでどんなに手を伸ばしても得られなかった“愛情”というものを小十郎に求めようとしていたのかもしれない。そして、小十郎もまた政宗に自身にそれまで欠けていたものを求めていた。
今思うとお互いに不器用すぎて、そうであるがゆえにお互いで埋めようとしていたのかもしれない。
とにかく。
今となっては“隠れ鬼”は双竜にしか理解できない一種の愛情表現だった。
「どうせ何処に隠れていようと小十郎が見つけちまうんだ。だったらおとなしく待っていてやるとするか」
茶湯屋敷は確かに城内だけれども、政宗が本拠としている屋敷から一番離れた場所に位置している。それに本降りになってしまった今、外に出たところで濡れ鼠がオチだ。戦場であれば少々の無茶も厭わない政宗が、この場は踏み止まるべきだと考える。なにより無茶をしでかした後の小十郎の態度が政宗には怖ろしかったし、実際、想像するだけで奥州筆頭たる政宗を震え上がらせるに充分な経験を積んできていたので、とてもではないが無謀を冒す気にならなかったのだ。
小十郎は傘を携えてやって来るだろう。
それまでの時間を静かに待つのは決して嫌いではない。
脳裏に描けば自然と緩んでしまう口許。唇が柔らかな弧を描く。
「――――――小十郎、」
次第に強まる雨足に煙る外を眺めながら、政宗は「早く見つけてくれ」と言葉にすることなく願った。


雨音に混じってバシャバシャと跳ね上がる音が次第に近づいてくる。瞼を閉じてそうと確かめずとも、政宗にはそれが誰のものかすぐにわかった。
躙口の戸がするりと引かれると、ぬっと大きな躰を縮めた小十郎が入ってくる。
「毎回のことだが、貴人口から入ってくればいいのによ」
窮屈そうに縮めた体躯を苦笑しながら見守った政宗は、肩口を濡らして入ってきた小十郎に向かってそう言った。頭を屈めて体を入れる小さな躙口は、小十郎のような屈強な男には窮屈だろう。見ていて忍びないので貴人を迎え入れるための貴人口からの出入りを勧めている――そもそも政宗の眼鏡に適った貴人を迎え入れる機会など滅多にない――のだが、堅物の小十郎は「小十郎は政宗様の〈右目〉にて然様な身分にはありませぬ」と頑なに拒んでくれる。主が構わないと言っているのだ。何も窮屈な思いをしてまで躙口から入らなくてもいいだろうに、この頑ななまでの融通の利かなさがまた小十郎の美点でもあり、政宗が愛でるひとつでもあった。
「小十郎は貴人ではありませぬ、と何度も申し上げておりましょう」
案の定な答えだ。同じやり取りを何度となく繰り返しているくせに、それでも求めてしまうのだから自分も大概性質が悪いのかもしれない。
「思ったよりも早かったな、小十郎。もう少し遅くなるかと踏んでいたんだが」
小十郎を侮られますな、と真顔で返す男に政宗は苦笑を貼りつかせたまま肩を竦めてみせる。
「確かに今回は少々難儀いたしましたが、隠れ鬼は得意ですので」
「Ya,そうだったな」
水滴を拭っている小十郎から手拭いを取り上げ、手ずから丁寧に拭きとってあげる。すると、小十郎は僅かばかり困った表情を浮かべて「政宗様、」と窘めた。大方、主がやるべきことではないと言いたいのだろう。
「隠れ鬼は得意ですが、あまり小十郎を試してくださいますな」
「Ah?」
「貴方様が何処ぞに隠れられてしまうたびに貴方様をお探しする小十郎の気持ちも考えていただきたい」
「Ha!お前の手の中をすり抜けちまうほど遠くに隠れているつもりはねェぞ。俺の隠れ家はいつだってお前の手の届く範囲だろう?」
それくらいちゃんと計算済みだ。
悪戯っぽく笑ってそう答えてやる。
「まったく………貴方様というお人は」
両手を伸ばした政宗の意図を心得たように政宗のことを抱き寄せて腕の中に閉じ込めた小十郎は、眉間に皺を寄せて呆れたと言わんばかりに溜息をついた。
「いいんだよ、こいつも………そうだな、不器用な愛情表現ってヤツなんだから」
「愛情表現、ですか…。ならば小十郎は幸せと思うべきなのでしょうな」
「少なくとも俺は幸せだと思っているぜ?」


―――いつだって政宗は小十郎の手の届く範囲で見つけてくれるのを待っているのだ。



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122.嘲笑って【戦国BASARA:小政+慶次】

気を配っていたつもりではあったが、些か酒杯が進み過ぎたらしい。杯を手にしたまま珍しくうつらうつらと舟を漕ぐ政宗の姿があった。
「政宗様、些か御酒を召し過ぎですぞ。この辺で終わりになさいませ」
手にした杯――まだ底に酒が残っている――をそっと取り上げて小声で言い諭すと、まるで幼子のように小さくむずがった。二人で過ごす時ならばいざ知らず、他人の目がある中でこういう態度をとるのだからかなり酔いが回っているのだろう。少なくとも素面の政宗は他人の前でこんな子供じみた態度をとらない。
くすと笑う気配が対面から流れてくる。
「へえ、こいつはいいものが見れた」
「―――見せモンじゃねえぞ」
ぽすんと軽い音を立てて胸に頭を預けてくる政宗を目の前の好奇な視線から隠すようにして、小十郎は番犬宛らの鋭い気を開放したまま威嚇した。だが、そんな小十郎の牽制も眼前ですっかり寛いでいる男―――風来坊こと前田慶次には届かない。へらへらと笑って「いいねえ、いいねえお二人さん」などと茶々を入れてくる始末だ。
政宗は酒が強い方では決してなかったが、少なくとも自分の限界を知っているので節度のある飲み方をするのが常だ。それがこうして酔い潰れてしまうのだからよほど旨い酒だったのか、酒を酌み交わす時間を楽しんでいたのか、或いは慶次が勧め上手なのか―――少なくとも三番目であったら今この場で刀の錆にしてくれようと小十郎は思う。
「すまねえが今夜はお開きにしてくれ」
「別に俺は独眼竜の寝顔を肴にでも構わないよ?」
「誰がテメエなんぞに政宗様の寝顔を拝ませるか」
寝落ちてしまった政宗を抱えて立ち上がった小十郎は、上機嫌な笑みを見せる慶次に向かってそんな捨て台詞を吐いた。我ながら独占欲が強いものだと思う。
「じゃあさ、独眼竜を寝かしつけたらもう少し付き合ってよ。実を言うと、まだ飲み足りないんだよね」
図体のでかさが酒への耐性に比例しているのだろうか。溜息を吐いた小十郎は、どうしたものかと考えを巡らせた。
一応現在の慶次は客人扱いである。政宗は常日頃客人へのもてなしを重んじていて、飲み足りないという慶次――一応客人――に手酌酒をさせるのは、ある意味主の心に反するというものだ。政宗がこの場を降りる以上、そして客人がまだ満足していない以上、主に代わって小十郎がこの場を引き継ぐしかない。
抱き上げた主の寝顔を見、それから上機嫌な慶次の顔を見、小十郎は小さく舌打ちする。そうして「…少し待ってろ」とだけ言い置いて、政宗を寝所へ連れて行くために一旦その場から離れたのだった。


なんでテメエと飲まなきゃならねえとばかりに口をへの字に曲げて返杯を受ける小十郎の態度など気にもせず、慶次は「一度右目の兄さんとも飲んでみたかったんだよね」と言って陽気に笑った。
確かに慶次は酒の勧め方、飲ませ方が上手いのだろう。これでは政宗の度が過ぎてしまうのもわかるような気がする。
最初こそ憮然とした表情で――それは寝所に政宗を置いてきてしまったからに他ならない――ちびちびと唇を濡らしていただけの小十郎も、時間が経つと杯を傾け、慶次の他愛のない話に乗るようになった。更には話題が政宗のこととなれば、口も滑らかになる。酒の力を借りている所為もあって、聞きようによっては惚気にも等しいものだ。
他人にとっては傍迷惑であろうそれを肴に、慶次は美味そうに酒を飲んだ。
「右目の兄さんって…ほんと独眼竜が総てなんだねえ」
「当たり前だ。俺は政宗様のために生きている」
何の迷いもなく、きっぱりと言い切る。政宗のために生きているとは誇張でもなんでもなく、小十郎の真であった。
無論、傍仕えした当初からそう思っていたわけではない。小十郎は政宗の傅役として彼が九歳の頃傍に上がったのだが、当時の己と言えばお世辞にも素行が良いとは言えず――傅役に就く前に大殿の徒小姓として召されているので、一応の礼儀は押さえたが――、まして子供と接するなど皆無であったし、政宗と言えば置かれた環境もあって子供にしては気難しく卑屈だったので、傅役に抜擢されたと聞かされた時には正直途方にくれたものだった。
嫡男の傅役といえば、ゆくゆくは重臣となる身である。将来の展望が開けたと言ってもいいが、そんなことよりも小十郎は己が嫡男の傅役としてやっていけるか不安で、とてもではないが喜べなかった憶えがある。それで同席していた異父姉に後から殴られたのだ。
大殿も大きな賭けにでたものだと皮肉半分に当時は思ったものだが、今になって思えば不完全な子供同士、共に成長させようという親心だったのかもしれぬ。かちりと歯車が噛み合ったみたいに、己と政宗は互いに欠けた部分を補って今日まで生きてきた。なるほど大殿の大博打は当たったのだ。今頃草葉の陰で満足げに笑んでいるかもしれない。だとすれば、ほんの少しだけ大殿に恩が返せたと自惚れてもいいだろうか。
とにかく紆余曲折、様々なことがあって政宗は小十郎の〈世界〉そのものとなった。これまでの経緯はどうであれ、〈竜の右目〉となった小十郎は政宗の一部であり、もはや彼なしでは生きられぬ。竜本体を失して右目が生きられぬように。
この世が闇と言うならば、小十郎にとって政宗は闇に射す光と言ってよかった。
「……政宗様は俺の〈世界〉だ」
「右目の兄さんをそこまで惚れこませるなんて、独眼竜って凄いねえ。いいね、羨ましいよ。そういうのってさ」
「ふん。羨ましければ、テメエもいつまでもフラフラフラフラ根無し草みてえなことやってねえで、そうと思えるような相手を見つけたらどうだ?」
「げっ、此処でもまつ姉ちゃんみたいな説教を喰らうとは…まいったね、こりゃ」
慶次が陽気に笑う。参ったと言っているが、どうせ右から左へ聞き流しているに違いない。前田の奥方の苦労が忍ばれる。
「独眼竜のために生きているかあ……うん、右目の兄さんはそんな感じだよね。でもそれって怖くないかい?」
「怖い?」
どういう意味だと目を瞬かせる。政宗のために生きているという小十郎はそうあることを誇りに思いこそすれ怖いと思ったことは一度もない。
「まあ、当事者だからわからないか。そういうもんだよね」
「―――前田、」
命短し、人よ恋せよ。そんなことを嘯く男が。
「兄さんは独眼竜と離れるときのことを考えたことはある?」
ズキンと胸が痛んだ。
政宗と離れる―――それは様々なケースが想定できるだろう。生きながら離れ離れになることも考えられるが、それよりも自分達にもっと身近なのは〈死〉だろう。
お互い戦場に立つ武将だ。死を怖れてはいない。そういう覚悟で戦場に立っているし、政宗も同様だろう。
あまりにも身近すぎる〈死〉。小十郎はゆえに二人を別つものがそれであるとの前提で物事を考えていた。
「独眼竜を〈世界〉と言っちゃうくらいの兄さんだ。もしも離れたら生きていけなさそうだなあと思って」
「…そうだな。おそらくあの方のいない世に未練なんざ欠片もねえだろうな」
政宗を喪えば、残った小十郎など抜け殻に等しい。きっと何をすることもできず、無為に時間だけが過ぎていくのだろう。そんなのはご免だ。それくらいならすぐにでも追い腹を切る。彼を一人黄泉路に旅立たせるつもりはない。すぐに追いついて共に逝こう。
(ああ、でも―――)
己が残されたらそれでいい。そういう己に未練はないのだから。寧ろどうしても避けられぬと言うならば、そうであってほしいと思っている。
けれど、運命は常にそうとは限らない。
「…………………、」
「兄さん?」
まるで喉許に刀の切っ先を突き付けられたような気分だ。
小十郎は杯に視線を落とし、苦く笑った。


40.いつかを夢見て【戦国BASARA:家政】



―――手が届いているのだけれど、でも本当はまだ届いていない。


「なあ、独眼竜」
「Ah?」
筆を走らせていた手を止め、面倒臭そうに政宗が「どうした?」と家康の呼び掛けに応じる。面倒臭そうな素振りながらもちゃんと応じてくれるのは、政宗が心優しいからだ。
戦場では苛烈さばかりが目立つ竜であるが、本当はひどく繊細で優しい生きものたということを果たしてどれだけの人間が知っているだろう。
背後から回した両手を腹のあたりで組み、細い肩に顎を乗せる。
相変わらず綺麗な字だ。字には性格が表れるというが、なるほど政宗の字には彼の繊細さが浮かび上がっている。ちなみに家康の書く字はのびのびと大きく、実におおらかな文字だと言われているが。
筆まめで知られる政宗は、祐筆を立てずにこうして自ら筆を取ることが多い。今も何処ぞへ文を認めていたようだ。
右目殿にか、と当てずっぽうで家康が訊ねると、ふ、と零れた柔らかな吐息とともに肯定の返事が返ってきた。
「なかなか向こうには帰れねェ身だからな」
「…スマン」
「Ha,別にアンタを責めているわけじゃねェよ。適材適所っていうヤツだ。俺が江戸にいても、小十郎ならば安心して奥州を任せておける。なんて言っても俺の右目だからな。たとえ竜が不在でもその睨みひとつで奥州をまとめられるだろうよ」
日ノ本を東と西、二分する大戦は家康率いる東軍の勝利で幕を閉じた。
あれほど欲した泰平の世は、今度こそ等しく皆の前に広がるのだ。その世を築き上げるのは他ならぬ家康である。
無論、家康とてそれこそ残りの全人生を懸けても成し遂げられるかというような大事業を己ひとりの力で為せるとは思っていない。為すためには多くの絆の力が必要だ。
国を興す、国を創る―――己の理想に共鳴してくれ、時には叱咤し、時には聡明なる助言を、或いはこれまでにない大きなものを相手に回してともに闘ってくれる人物。家康の周りを見回した時に最も相応しいのは政宗しか思いつかなかった。
そこに願望が全くなかったとは言えない。けれど、ともに新たな国創りをと頭を下げて家康が懇願すると、彼は乗りかかった船だから仕方ないとばかりに了承してくれたのだ。
『アンタが築く泰平の世とやらを見届けさせてもらうぜ』
と言って。
政宗を江戸に留め置くことになれば、当然彼の国許が空座となる。奥州の守護として独眼竜に匹敵する者を据えるとしたら、竜の右目以外にいなかった。
竜の右目、である。本来ならば、竜本体から離れて然るべきものではない。しかし、右目は不満ひとつ零さずに――腹の裡がどうであれ――奥州の地へ独眼竜の名代として座している。まるで彼の代わりに奥州の地を護ることこそが務めであり、誇りであると言わんばかりに。
理想の世のためとはいえ双竜の絆を犠牲にし、それを別った罪悪感がないわけではないが、それでもなお揺るぎなさを見せる彼らが少しだけ羨ましく、少しだけ妬ける。
双竜の絆は隔てる距離などなんということはないらしい。それほどに確固ということだ。
「なあ、独眼竜」
「だから―――何だ?」
ふう、と溜息をついた家康はふとずらした視線の先にある白い首筋にちゅうと吸いついてみた。途端、「ひゃあ」と素っ頓狂な声が政宗の口から転がり落ちる。
「テ、テメエ…っ、なにしやがる!!!」
「うーん………」
中途半端な返答ぶりに業を煮やしたのか、政宗にごつんと叩かれた。加減をしたのだろうが――たぶんしてくれたのだろうと思いたい――、痛いものは痛い。目からチカチカと星が散るかと思った。
なにしろ六爪を自在に操る手だ。武器を地に伏せて久しいとはいえその握力たるや健在である。
「ったく、甘えてんのかよ」
呆れたように言い、先ほどはごつんと叩かれたその同じ手で今度はぐしゃぐしゃと頭を撫でまわされた。
「ハハ、そうかもしれん。なんだかお前にはいつまでも敵う気がせんなあ……」
「An?アンタ、俺に勝つつもりでいたのかよ」
「そりゃあまあ………惚れた方が負けだとは言うが、そうは言ってもこう…なんというかワシばかり負けっぱなしというのも」
「負けっぱなし…だ?Ha,よく言うぜ」
「――――――独眼竜?」
政宗の言葉に家康はくるりとした瞳を大きく瞬かせた。
どういうことだ。
「………わからねェならいい」
ぶすりとした口調で呟いた政宗は、それきり何も言ってはくれなかった。




320.薄い膜【戦国BASARA:家政】

(ワシは今まで何を見ていたんだろうなあ―――)
己は今までこの男の一体何を見ていたのだろう。竜を組み敷くという大胆なことをやってのけた家康は間近にある秀麗な貌を見下ろしながら、本当に何を見ていたのかと今更ながらに思った。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
二つある眼が見誤った、とは思えないが、募る想いに眼が眩んで己の都合の良いような像を作り上げてしまったということは十二分にあり得る。
「独眼竜………、」
我ながらなんて切羽詰まった声だろうと思う。余裕がないことがありありとわかる、声。
余裕がないのは当たり前だ。ずっと恋焦がれた相手が目の前にいる。
どくがんりゅう、と再度その二つ名を口にすると、呼応するみたいに組み敷かれた躰が小さく震えた。
戦場ではあんなにも好戦的でギラついている一つ眼が、今は頼りなさげに揺れている。一つ眼を縁どる睫毛がふるふると震えていた。
この男はこんなに細かっただろうか。躰は言うに及ばず、腕も脚も。
触れたら消えてしまいそうなくらいに儚げだっただろうか。
虚と実。
一体、どれが本物の竜の姿なのだろう。
「なあ、独眼竜。お願いだから…声を聞かせてくれんか」
「――――――、」
声が聞きたいと懇願すれば、天邪鬼な竜は“そんな要求など飲んでやるものか”とばかりに薄い唇をぎゅっと引き結んだ。力の加減ができないのか、あまりに強く唇を噛むので、噛み切ってしまうのではないかと心配になる。
「そんなに強く噛んだら…唇を噛み切ってしまうぞ?」
強情だなあ、と思わず苦笑する。
この分だと意地でも声を聞かせてはくれまい。鼓膜を震わせる竜の少し掠れた声が家康は好きなのだけれど。
こんな状況になって言うのもなんだが、竜を―――政宗を傷つけるのは家康の本意ではなかった。
どんな些細なことでも傷つけたくはないし、優しくしたい。
そうして、叶うことならば愛おしみたいのだ。
(ああ、本当にワシは―――)
虚像を追っていた訳ではないと思う。
周囲からはまだまだ心許ない少年武将と認識されていた頃、家康は戦場で初めて猛々しい竜の姿を見た。
蒼い雷光を纏い、閃光の如く戦場を駆け抜けるその姿が―――血濡れてさえも美しく、ひと目で家康の心を奪った。後にも先にもあんなに綺麗なものを家康は目にしたことがない。
常に先を見据えている強い眼差しも、時として傲慢にすら思える表情も、強気な物言いも、全てが魅力的だった。
近づけば近づくほど、家康にとってその存在は大きく――そして比例するように憧憬も強く――なって。
いつか竜に相応しい存在に、竜と肩を並べても遜色のないような大きな器になりたいと思っていた。その想いを糧に、家康は今日まで走ってきたのだ。
強い眼差し、傲慢な表情、物言い。どれも彼を彩るものだろう。それは間違いない。
戦場で眼にする彼もまた実だ。
そうして、今。
己に組み敷かれている姿も――――また実。
「独眼竜、」
ひゅう、と晒された白い喉が鳴った。
青灰の瞳が揺れる。
この腕に囲って優しくしたい。
その胸の裡に抱えているだろう痛みも闇もすべて拭ってあげたい。
ああ、けれど。


(―――今のお前にワシの気持ちが届いているだろうか?)


124.生【戦国BASARA:小政】

強い夏の陽射しが容赦なく照り付けている。北に位置する奥州といえど、夏の暑さはそう変わらない。
「暑ちィ…」と堪らず呻くように呟いた政宗は、いっそ痛いくらいの陽射しを遮ろうと手庇を作った。
辺りの山々からは短い生を謳歌する蝉の声が時雨のように聞こえてくるが、それは涼を誘うどころか一層暑苦しい。
作物にとって太陽と水は生育に大切なもの。夏の天気が良ければ、秋の収穫が期待できる。今年も奥州もきっと実り豊かだろう。奥州一体を束ねる者、預かる者として豊穣の秋を迎えられるのは喜ばしい。
とはいえ、よくもまあこんな暑いなか畑作業なんざやっていられる…と思うのが正直なところだ。戦ならば文句も言えぬが――そもそも天候を選んで戦っているわけではないのだ――、政宗は夏の暑さに然程強くはなかった。
常に政宗に寄り添う男がこんな炎天下を歩く己の姿を目にしようものならば、すっ飛んできて小言とともに連れ戻そうとするだろうが、その男は刀を鎌に持ち替え現在畑で汗を流している――曰く、「この時期一日でも間を置くと作物は収穫時期を逸するほど大きく成長するし、雑草も蔓延る」そうだ――。政宗はそんな男のために中食を用意し、自ら届けに畑まで足を運んだのだった。
こんな炎天下であっても、農民達は変わらず作業に精を出している。生き生きとした人々の営みに眩しそうに瞳を細めた政宗は、奥州筆頭として彼らの生活を守りたいと強く思った。
目指す畑は目と鼻の先だ。
途中、畑の管理を任せている爺に逢った。政宗のお出ましということで恐縮した爺は慌てて男を呼びに行こうとしたが、それには及ばぬと断った。驚かせてやるつもりだからと悪戯っぽく笑えば、なるほどと得心顔で肯き返された。爺は若者の悪戯心をよくわかってくれているようだ。
更に歩みを進めると、男の畑が見えてくる。慣れぬ手つきの若衆に交じって、男は夏野菜を収穫している最中だった。よほど出来がいいのか、捥いだ野菜を今にも頬ずりせんばかりだ。戦場では鬼の如き働きを見せる男のその落差と言ったら、何度見ても可笑しい。あの野菜に対する情熱は、時として男の政宗に対するそれを凌駕するのではないかと思っている。奥州筆頭ともあろう者が野菜に負けるだなんて、甚だ面白くない話ではあるが。
政宗はすん、と鼻を鳴らした。
土の匂いがする。あとは緑の匂いか。踏み締める足許は柔らかな感触。
(ああ………、)
中食の重箱を包んだ風呂敷を脇に置いて畑の縁にしゃがみ込んだ政宗は、瞳を細めて耕された土に触ってみた。
陽光をいっぱいに浴びた豊饒の大地。男達の汗を吸い、優しさを吸い、そうして豊かな実りを齎してくれる土だ。
「政宗さまっ?!」
畑の土を弄っていた政宗の姿をいつの間に目に留めたのか、文字どおり男がすっ飛んでくる。その姿に思わず苦笑が浮かんだ。
「おう。精が出るな、小十郎。そろそろ腹が減る頃合いだろうと思って、中食を持ってきたぜ」
「それは忝く。ですが、この炎天下。政宗様御自ら足を向けずとも、誰か屋敷にいる野郎に持たせればよろしいでしょうに」
「Nonsense!それじゃあ意味がねェだろ。お前の畑の具合もこの目で見たかったしな。どうだ、今年の野菜の出来は?」
「茄子に胡瓜…お蔭様にて、皆よい具合です」
「そうか、そいつはよかった。お前の育てた野菜は最高に美味いからな」
「ありがたきお言葉。これらが政宗様のお口に入ると思えば、丹精込めて育てた甲斐があるというものです」
そう答えて男臭い笑顔をみせた小十郎だったが、滝のように流れる汗に「これはとんだ不調法を!」と慌てて首にかけた手拭いで拭おうとする。その手拭いを小十郎から奪い取ると、吹き出る汗を丁寧に拭いてあげた。
「ま、政宗さまっ」
「俺の口に入るものを作ってくれているお前を労うのは当然のことだろう?」
「なれど、汚れます」
汚れのうちに入るものかと口の端を持ち上げて言い返せば、即座に男は渋面を作る。まったく固い男め、と続けて逞しい躰に抱きついてやったら、さすがに慌てたのだろう。すぐに渋面が崩れた。政宗様と諌める声を封じてやらんと無邪気に笑い声をあげる。その屈託のなさに呆れたのか、小十郎はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「―――お前の育てた野菜は最高に美味い」
さっき口にした言葉を再度舌にのせる。贔屓目でもまして欲目などでもなく、小十郎の育てた野菜はどれも瑞々しくて美味しかった。小十郎の言葉どおり丹精込めて―――きっと手間暇を惜しまず、愛情を込めて育てた成果なのだろう。
小十郎が自らの手で畑を耕し、爺の手解きで野菜を育てるようになったのは、政宗が置かれた環境に起因している。
今でこそ伊達家の当主のみならず、奥州筆頭として奥州を束ねる若き竜だが、小十郎が傅役として上がった当時は隻眼という容姿のためにひどく内向的な性格の持ち主だった。隻眼という武将にとっては致命的な弱点を抱えているにも拘わらず、政宗の父は政宗を嗣子として定めたが、弟を溺愛していた政宗の母はこれを快く思わず、そのために伊達家は家を二分する危険を常に孕んでいた。
いつどこで反政宗派が存在を消そうと暴挙に及ぶかしれない。幼い時分の政宗は生活の全てが危険と隣り合わせだったのだ。特に“食”は最も狙いやすく、ともすれば毒を盛られかねないと危惧した小十郎が自ら携わればその危険も少しは減るのではないかという思いから始まったことだった。
勿論大前提はそこにあるのだが、その他にもうひとつ。子供の頃の政宗は食が細いうえに偏食家で、それを直すためということもあった。確かに功を奏したか、長じた政宗は好き嫌いが殆どない。
(考えてみれば――――――、)
誇張でもなんでもなく、あの頃から政宗は小十郎によって生かされているようなものだった。畑の野菜と同様、小十郎が手をかけてくれたお蔭でこうして成長できたようなものだ。
「政宗様、どうなされました?」
抱きついた体勢で思惟に耽ってしまった政宗を暑さで参ってしまったのかと勘違いしたのか、小十郎が心配そうに覗き込んできた。
政宗の眼は口で物を語るよりも余程饒舌だと言うが、小十郎の目の方がずっと雄弁だと思う。今も覗き込んだ双眸には深い色の中に“心配”の二文字がくっきりと浮かび上がっている。
「No problem!」
小さく笑って目の前にある小十郎の頭を両手でぐしゃぐしゃと掻き乱してやった。陽光を浴びた黒髪に鼻を寄せれば、きっと太陽の匂いがすることだろう。
「まったく…貴方様ときたら。然様な悪戯ができるようでしたらお言葉どおりなのでしょうな」
「Sorry,小十郎。なんだかな、この畑を見ていたら…俺ってつくづくお前に生かされているよなァって思っちまってよ」
「政宗様?」
「考えてもみろよ。お前が育てた野菜を俺が食うってことはさ、お前の野菜が俺の血となり肉となるわけだろう?お前の愛情の賜が文字どおり俺の血肉となるんだ。それってお前が俺を生かしているってことじゃねェか」
「政宗さま…………っ、」
感極まった声。目線を上げると、勿体なきお言葉と言わんばかりの表情をした小十郎がいる。
己を生かしてくれる――――――そんな男が政宗は堪らなく愛しかった。
「なんなら今夜あたり確かめてみるか?お前の愛情がちゃんと俺の血肉となっているか」
艶を含んだ瞳を緩く撓め、ふふと口許を綻ばせる。
「ま――――――っ!?」
珍しく狼狽えた小十郎を見、してやったりと陽気に笑う政宗の笑い声が夏空の下、遠くまで響いた。


187.シャープ【戦国BASARA:小政】

「あの、政宗さま―――?」
男にしては珍しく困惑気味に名を呼ぶ。
鼻先がくっつきそうなほど間近で見る男の相貌は、普段政宗が眼にする精悍で男の色気がたっぷりと滲み出たそれとは異なり、途方に暮れていると言わんばかりに眉をはの字に寄せていて、なかなかcuteだ。
だから見たまま素直に「Cuteだぜ、小十郎」と口の端を引き上げて感想を述べてやった。
Cuteという言葉の意味を正しく理解できているのか――政宗が多用しているので完全にとは言わずとも凡そを理解しているのだろう。小十郎はそういう男だ――、小十郎は途端に顔を顰める。
「小十郎めに然様に“可愛い”いと仰られても何の足しにもなりませぬ」
可愛いという言葉が相応しいのは貴方の方だと―――閨で幾度も耳許で囁かれるような言葉を返されるが、政宗はそんな小十郎の言葉を婀娜な笑みで封じ込めた。
「俺の眼は確かだぜ、小十郎?」
「政宗様、然様な戯れはお止め下され。それより一体これはどういうおつもりか?」
「An?」
小十郎の問いに素知らぬふりで政宗は左眼を瞬かせる。
政宗は小十郎の股座に乗り上げ、膝立ちの状態だ。小十郎とは向かい合わせの恰好で端正な顔を間近に寄せている。少し腰を落とせば、きゅっと締まった形良い小ぶりな尻が男の膝に当たるかもしれない。そんな恰好。
冗談めかして「いつも閨でやっているじゃねェか」と言えば、サッと男の顔色が変わった。
「政宗様っっ、」
落ちた雷に堪えることなく、ペロリと舌を出して肩を竦める。
「Freeze,小十郎。じっとしてろ」
「何を………」
僅かに狼狽の色を見せた小十郎を構わず、政宗は両手を伸ばして綺麗に後ろへ撫でつけた小十郎の髪をぐしゃぐしゃと掻き撫でた。「何をなさいます!」という小十郎の抗議の声が上がるが、笑って聞き流した。
思うさま髪を掻き乱した政宗の手はするりと滑り、精悍な小十郎の輪郭を確かめるように辿る。
「俺の気に入りを堪能しているんだ。だからじっとしてろ」
ふふ、と唇を綻ばせて政宗は小十郎の頬をゆっくりと撫でた。
左の指先に少しばかり頬肉が盛り上がった箇所が当たる。
傷痕だ。その昔、政宗を護って男が受けた傷。男はそれを政宗を護った証―――勲章だと言い切った。そんな男の体には、こればかりではない。政宗を護るためにできた傷が無数にある。古傷、新しいもの問わず無数に。
それは身も心も政宗に捧げているのだという男の誓言にも似ていた。言葉ではなく、その身で以て示している誓い。
「政宗様………、」
「俺のために生きているお前だ。慈しみてェと思うのは自然なことだろう?」
なあ、小十郎?
ぺろりと男の唇を舐め上げると、男は心底困ったような吐息を零した。妙に落ち着かないのか。腰をもぞもぞとさせている。
どうした?と意地悪に問えば、少しばかり恨めしそうな眼をした小十郎が赦しを請うみたいに政宗の唇に自身のそれを重ねてきた。政宗を支えるつもりだったのだろう、腰に回された大きな手は当初の目的を忘れてそろりそろりと欲を引き出す意図を持って撫でている。
「いつまで小十郎に“お預け”を強いるおつもりか」
「Ha-ha.俺と違って、堪え性はあるんだろう?My sweet」
とはいえ、焦らすのは政宗としても本意ではない。
「こじゅうろう、」
政宗はよく躾けた愛犬を呼ぶみたいに「おいで」と優しく囁きかけて小十郎を引き寄せると、耳朶に噛みついてやった。




120.自称ヒーロー【戦国BASARA:小政】

背後から可愛らしい視線を感じて、小十郎は参考書から目を上げた。
椅子に背を預けるようにしてそーっと背後をふり返れば、ほんの僅か開いたドアの隙間から円らな瞳が此方をじっと窺っている。目が合うと“しまった!”とばかりに小さな体が跳ねて、それが悪戯を見つかった子どもみたいでなんとも可愛らしいと思った。
「政宗さま?」
声をかけても子ども―――政宗はドアの外で躊躇っているようだ。どうやら自分の勉強中は邪魔をしないこと、というこの家の約束事が浸透しているらしい。小十郎は今年大学受験である。
小さく笑った小十郎はシャーペンを置くと、おいでとドアの向こうに向かって手招いた。
「だって…小十郎、勉強中だろ?」
「大丈夫。今日の分は終わりましたよ」
本当はもう少し進めようと思っていたのだが、終わったと答えて参考書を閉じた。するとパッと表情が弾けて、転がるように部屋に飛び込んでくる。
「小十郎!本読んでっ」
「今日はどういう本ですか?」
身を屈めて覗き込む小十郎に向かって、政宗は「今日はこれだ」と言って本を見せた。
政宗は八歳になったばかりだが、それは八歳の小学生が読む本としては聊か難しい内容のものだ。日本古典、軍記物である。ぱらぱらと頁を捲ると少しばかり頭が痛くなった。現代語訳が付されているが、基本は古語だ。
「小十郎?」
「政宗さま、今日は随分と難しい本を持ってきましたね」
聞けば父親――政宗の父は小十郎の担任である――の書斎にあったものだという。なるほど、道理で子供向けではないはずだ。
政宗の父、輝宗は教え子である小十郎が高校を卒業するまで衣食住一切の面倒を見てくれている。
面倒見がいい教師であったがまさかそこまでとは思わなかった小十郎は、輝宗から「いっそウチに来ないか」と提案されたとき、「人を養うには金がかかり、自分は返す当てがない」と答えた。ならば息子の遊び相手をしてもらうという交換条件を付され、その結果――子どもの遊び相手など本来交換条件にもならない。そもそも等価ではないだろう――、小十郎は伊達家の厄介になっていた。
「オレにはまだ難しすぎるだろうって言ったけど、小十郎に読んでもらうからいいって答えたらお父さんが貸してくれた。小十郎が読んでくれるなら、小十郎の勉強にもなるだろうからって」
「…はあ、」
父子のやり取りが目に浮かぶようだ。
大方古典の勉強にもなるだろうと思ったのだろう。小十郎は他の教科に比べると古典が少し弱い。それを見越してのことだ。さすがは教師、抜け目ない。
「こじゅうろう?」
読んでくれる?と小首を傾げて上目遣いにお願いされては、断ることなどできまい。
「この厚さだとさすがに一気には読めませんから…ちょっとずつ読み進めていきましょうか?」
「うんっ」
小さな体を抱き上げてベッドへと移動した小十郎は、政宗を抱きかかえるようにしてベッドの端に腰を下ろした。
政宗を膝に乗せて、改めて本を開く。
さて、今日は一体どんな質問攻撃がくるのやら…。
「なあなあ、小十郎。この“ぎおんしょうじゃ”ってなあに?」
「祇園精舎というのはですね…」
知識欲の深い政宗の質問攻撃に耐えられるようにするため、小十郎も広く知識を身に着けようと余念がない。それが結果として受験勉強の役に立っているのだから、政宗には感謝すべきだろう。
「すごいな、小十郎は。なんでも知ってる」
「…ありがとうございます」
キラキラと目を輝かせて褒めてくれる政宗。なんだか面映ゆい。

「やっぱり小十郎はヒーローだ!」

戦隊もののヒーローを見るように目を輝かせる小さな彼のそのひと言が。
彼にとってずっとそういう存在でありたい―――と小十郎を奮い立たせたのだった。


「どうしたんです、政宗様?」
ソファで寛いでいる小十郎の許に無言で近寄ってくると、政宗は小十郎の膝の上にすとんと腰を下ろした。
「政宗様?」
「たまには、な。本を読んでもらおうと思ってよ」
含むように笑って本を差し出してくる。
どうやら書庫代わりの書斎から拝借してきたものらしい。
「なあ、いいだろう?」
政宗特有の甘え方。
あの頃の純粋な可愛らしさに今は甘い色が加わった。
まるで猫のように頬を摺り寄せる彼に、小十郎は小さく笑みをこぼす。
「甘えたがりで…しようのない人ですね」
甘えたがりという言葉に反応して軽く拗ねたのか、口を尖らせた政宗へキスをして。
「さて、どこから読みましょうか?政宗様」
今も―――貴方にとってのヒーローであるために。
小十郎は恭しく本を開いた。




209.鏡の端っこ【戦国BASARA:三政】

(可哀想なヤツ…)
たぶん一歩間違えれば己も同じ道を辿っていたのだろうと思う。
絶対的な信頼を寄せる、唯一の〈世界〉を喪ったら―――きっと己を構成する全てが崩壊する。己もそういう〈モノ〉があるからわかる。
(コイツは―――石田は俺の鏡かもしれねェ…)
政宗は思った。石田三成は己の鏡かもしれない。一歩間違えれば自身も辿っていた姿。けれど、政宗は踏み止まって此方にいる。
可哀想な、ともう一度思いかけて政宗は小さく舌打ちした。三成が鏡であるならば、かける憐憫は自身へと撥ね返る。つまり、それは自身を憐れむことと同じだ。誇り高き竜はそれを潔しとはしない。
カシャンと甲冑が音をたてた。三成との間合いを半歩だけ詰める。程度の違いはあれ、互いに手負いだ。本当は躰を動かすのだって辛い。
「アンタ、仮に関ヶ原で家康を斃せたとして…その先どうするつもりだったんだ?」
政宗は家康に与する人間である。そんな己が口にするべき問いではないということはわかっているが、それでも問わずにはいられなかった。
憎む相手を斃したとしても、唯一の〈世界〉はその手に戻らない。裡にぽっかりと開いてしまった穴はどんなことをしても塞がらない。
「……………、」
答えはない。ただ、ギラギラとした眼だけが政宗を見据えている。
(Ha!つくづく似たモン同士だな。厭になるくれェに)
もう半歩間合いを詰める。
「斃せた事実に満足して死ぬか?」
「貴様…、何が言いたい」
「天下がアンタの手に落ちなかっただけ良かったって言いたいのさ。結局アンタはアンタの復讐が完結すりゃあそれで満足なんだろう?残った世界なんざどうだって構わねェ。アンタの〈世界〉はもうとっくにねェんだからな」
「なぜだ。なぜ私を殺さない。生きて無様を晒すなど私は許さない…!」
「そいつが手前勝手っていうんだぜ?アンタは日ノ本を二分する合戦を引き起こした首謀者の片割れとして、この先を見届ける責がある。勝手に退場するのはそれこそ許さねェ。You see?」
「―――っ、」
「それに、」
と口を開きかけた政宗は、そこで小さく嘆息した。
馬鹿なことをしでかそうとしている自覚はある。家康と―――何より己が右目にどう言い訳するか、家康はともかく小十郎はさぞ苦虫を噛み潰した顔をするに違いないと思いつつ、自身がこれからとろうとする行動の理由を考える。
(犬猫と同じノリで拾ってどうするのですっ!って説教されるかもな。ま、説教で済めばいいが)
政宗がまだ幼名で呼ばれていた時分、弱った動物を拾っては小十郎を困らせていた。あの時と感覚的には同じかもしれない。
なるほど弱った動物か、と苦く笑う。
政宗は弱ったものを見過ごせる性質ではない。それを人は『優しい』というけれど。
「それにアンタを見ていると、俺を見ているようでな。認めたくはねェが、似ていやがるんだよ。―――なあ、石田」
三成に向かって手を差し伸べる。その行為に三成がぎょっとした表情を浮かべた。それはそうだろう。敵方の将が手を差し伸べたのだ。それも絆を掲げる家康ではなく独眼竜が、である。
「………何の真似だ」
「俺がアンタの〈世界〉になってやる」
「何を愚かなッ。貴様如きが秀吉様に及ぶものか、驕るな!矮小な小蛇風情が」
「その矮小な小蛇風情の俺がアンタの生殺与奪を握ってるんだぜ?」
噛み付く気力は残っているらしい。
そして、自身の〈世界〉が豊臣秀吉であることを石田は頭から認めている。
上等だ。
「アンタは良くも悪くも〈捧げる対象〉がねェと生きられねェんだ。たぶん家康は早くからそれを見抜いていて…危惧していたんだろうな、アンタの友として」
「―――っ、」
「生憎俺には、俺に全部を捧げてくれる右目がいるが…アンタを請け負うことくれェはできる」
「勝手なことをほざくなぁぁぁっ」
「石田、」
「勝手なことを…私は、私は認めない!」
きっとそう言うだろうと思っていた。本当に厭なるくらい似ている相手だ。己が逆の立場でもそう吐き捨てるだろう。
だが、政宗は決めたのだ。

―――空っぽになったアンタの〈世界〉、俺がその先を見せてやる。

111.これも貴方の計画だった?【戦国BASARA:小政+孫市】

ギリギリと唇を噛み締めた。
あの女が政宗の傍にいる時は、胸の裡は嵐のように吹き荒れていて感情を抑えるのにひどく難儀する。政宗が自分達二人の間にあった遣り取りを知らぬのをいいことに、おそらく此方の反応を窺って楽しんでいるのだろう。
嫉妬心を剝き出しにすればするほどあの女の思うつぼだとわかっているが、小十郎とて男である。己が最も大切にしている人に色目を使われて、心穏やかにいられる筈はない。叶うことならば、己以外の誰にも見られぬよう何処かに閉じ込めてしまいたいとさえ思っているほど―――昨今の小十郎は思考的に重症なのである。
それもこれもあの女が―――雑賀孫市が掻き乱した所為だ。
「政宗様、」
当初、雑賀衆との商談で表に立っていたのは小十郎だった。ところが、ある時から――孫市に『政宗を貰う』と告げられてからだ――商談自体政宗と孫市のトップ同士で行われている。頻繁に孫市が政宗の許にやってきては人払いをした部屋で、二人で長時間行っているのだ。勿論、竜の右目である小十郎とてその場に同席することは叶わない。それもまた彼らの意向だからだ。
当然小十郎としては気が気ではない。
ある意味孫市の存在があって情を交わすことができた二人ではあるけれども、いつ横から攫われるとも限らないのだ。孫市には初めから〈女〉という強みがあるから。
完璧に感情を抑えきっている小十郎とはいえど、商談と称して孫市が訪れた日はどうしても揺らぎを生じてしまう。それゆえにこうして政宗を抱きしめることで心の均衡を保とうとしていた。
「ん?どうした、小十郎」
とろりと笑んで両手で小十郎の頬を手挟み、背伸びをして唇を合わせてくる。いつも思うが彼の唇は甘露のようだ。
「政宗様、お慕いしております」
なんの衒いもなく彼の前で想いを吐露することができるようになったのは、そうしなければ奪われてしまうという危機感からだ。或いは独占欲が言葉という形になって現れたからかもしれない。
「小十郎…」
うん、と政宗は嬉しそうな表情をする。この腕に囲う存在を全ての障害から護りたいと思う。
そういえば、あの女は帰り際にあろうことか政宗の頬に口づけていた。彼女は小十郎の存在に気付いていたようなので、あれは自分に見せつけるための―――牽制ではないだろうか。
(このひとを暴いていいのは俺だけだ。誰にも渡さねえ)
細腰に回した腕に力を入れて引き寄せる。そうすると互いの密着が強くなる。政宗が僅かに戸惑う素振りを見せたのは、密着したことで滾る熱が伝わったからかもしれない。見れば、ほんのりと頬を紅潮させていた。
小十郎は彼の唇を食み、それから孫市が口づけた頬へと唇を寄せた。
「政宗様、」
低く囁く。
「御身を易々と他人に触れさせないでください」
ぱちりと彼の左眼が瞬いた。Why?と怪訝そうに言葉が紡がれる。
「……………小十郎の気が狂いそうです」
貴方は俺のものでしょう?と耳許で掻き口説いた。
「小十郎も男です。俺のものである貴方が俺以外に触れられるのを許せるとお思いか?」
「Oh,」
小十郎の告白に驚いたのか。政宗の左眼が大きく見開かれた。
だが、すぐに細められる。
「Ha-ha,お前って存外独占欲が強いんだな。こんなに近くにいたのにちっとも知らなかったぜ」
「独占欲も強いし、嫉妬深いですよ小十郎は。悪い男に惚れたと思って諦めてください」
「別に悪くねェよ。むしろ上等だ」
首に両腕を巻き付かせた政宗は小十郎に口づけをせがむ。望まれるがままに施すと、もっともっとと更にせがまれた。
「小十郎」
「はい?」
「お前…三代目になに言われた?」
孫市に何を言われたと問われて、素直に言えるものでもない。あれで嫉妬心と危機感を煽られたなど、小十郎の沽券に拘わる。
だから。
口づけで誤魔化してやった。
その後。
答えをはぐらかされたと言って唇を尖らせて思いっきり拗ねる政宗は大層可愛らしかったのだが、小十郎がその機嫌を直すために相当労力を要したことは言うまでもない。

111.これも貴方の計画だった?【戦国BASARA:小政+孫市】

二人分の茶を運んできた小姓が一礼をして下がったのを機に、政宗は客人の許へにじり寄った。部屋は政宗と客人以外に余人はいない。間を詰めて顔を近づければ、密談の体を為す。
客人は雑賀孫市である。先日、商談相手に茶の一杯も出さないのかと皮肉られたからではないが、今日はちゃんと茶を出した。独眼竜は礼儀も知らぬ、などと吹聴されても困る。尤も、孫市がそんな人間ではないということぐらいわかっているが。
「なあ、三代目」
別に声を潜めることもないのだが、なんとなく政宗は声を潜めてしまった。茶を啜った彼女は、目顔で「何だ?」と答える。
「なあ、小十郎の奴にどんなmagicを使ったんだ」
「Magic、とは?」
孫市は政宗の南蛮言葉を正しく理解できる数少ない一人である。当然、今も正しく理解しての応えだ。しれっと訊き返しているが、間違いなく政宗の意図を汲んでいる。なかなか喰えない女だ。
「だから………っ」
どう言っていいものか、政宗は言葉に詰まった。明け透けに“小十郎と情を交わす仲となりました”などと報告するのも如何なものか。
上手く言葉を選べずに、結果として「うー」とか「あー」とかはっきりしない物言いになる政宗だったが、そんな彼も孫市の眼には単に“恥じらっている”としか映っていない。政宗自身気付いていないが、かつての傅役である右目の教育の賜か、ある意味純粋培養で育っているところがある。奔放なようでいて色事には奥手だった。
「だから小十郎が…その、」
相手に対する想いを抱えきれなくなって、先に告白したのは政宗の方だった。主と従。立場も背負うものも違いすぎる。堅物の小十郎は右目の立場を生涯貫くと答えて、当然の如く政宗の想いを受け止めることを拒んだ。無論、主君という立場を利用して命じれば小十郎のことである。そのように振る舞ってくれるだろう。だが、それは結局紛い物に過ぎない。命じて受け入れられる想いなど、自分が惨めなだけだ。
次第に心の均衡を崩してゆく政宗を案じてくれたか――それともまとまりかけの商談が破談になっては困ると思ったか――孫市が一つの案を提示した。
案、といっても具体的なものではない。小十郎の真意を探ってやるからお前達の仲を預からせろ、というものだった。無論、彼女がどんな手段を以てして小十郎の真意を探るのか、政宗は知らされなかった。あの時の政宗はそれでも構わないから、と心境的に縋ったのだ。
お蔭で改めて想いを受け止めてもらい、相愛となって今に至っているのだけれど。
「わざわざ種明かしをする必要があるのか?」
す、と孫市の双眸が細められる。
「だって知りてェじゃねェか。アイツの良識を覆したんだぜ?俺が意を決してコクった時は拒んだクセに」
「フン。それがあの男の本心ではなかった、というだけのことだろう。良かったじゃないか」
「まあ、な」
良かったな、などと孫市に祝福されて、政宗は照れ臭そうに笑った。


“人よ恋せよ”が口癖みたいな前田慶次ならば、飛び上がって喜ぶことだろう。照れ臭そうに笑う政宗を見ながら孫市は思った。
終始いい顔をしている。きっと仲が上手くいっているのだろう。
(結構なことだ)
口許を綻ばせる。
「三代目?」
「いや…、」
孫市は頻繁に政宗の許を訪れている。武器の売買で伊達家と商談を進めているということもあるが、双竜の仲が気になっていたからだ。右目を焚き付けたはいいが、あらぬ方向に迷走した挙げ句壊れてしまっては元も子もない。万が一そんなことになれば、その時は焚き付けた側として相応の責任を取るつもりではいたが、この分だとそれも無用となりそうである。
(それにしても、)
何をどう勘違いているのかは知らないが、ここ最近の伊達の男どもの狼狽えぶりはどうだろう。あまりに孫市が頻繁に政宗の許を訪れ、更には商談と称して人払いをしているから――それは別段なんの意図もない。ただ当人同士で話を纏めた方が早いからだ――いろいろと勘繰りたくなるのかもしれない。
特に顕著なのが右目だ。
孫市が焚き付けた所為もあるだろうが、今も人払いしたこの部屋を視界に収められる程度離れた位置でまるで熊のようにウロウロしている。孫市も政宗と同様、他人の気配に鋭いので、実際その光景を目にせずとも気配でわかるというものだ。
結んだばかりの赤い糸の片方を持つ身としては気が気でないのだろう。しかし、あの強面で熊の如くウロウロと行ったり来たりされては鬱陶しくて堪らない。
ああ見えて、あの男はなかなかに独占欲が強い。なにしろ目の前の竜が弱き仔竜だった時分から想いを抑えて傍に居続けたのだ。その年季が違う。
また面白いのが政宗だ。
例えばこうして人払いをして二人でいても、全く警戒心を抱いていない。警戒心を抱くどころか、右目にあらぬ誤解を与えかねないということに全く思い至っていないのだ。その無防備さが益々右目の不安を煽っているのだろう。右目が招いたこととはいえ、純粋培養にも困ったものである。
孫市は呆れたように小さく嘆息してみせた。
「さて、今日はこの辺で帰ろう。所望の品についてはすぐに手配させる」
障子戸を引けば、表の爽やかな空気が流れ込んでくる。ついと視線を投げれば、案の定、この部屋からそう離れていない位置に右目がいた。眼が合うと途端に苦虫を噛み潰した表情を浮かべたので、不安を煽るのを承知でフフンと鼻先で笑ってみせた。
「Thanks」
南蛮言葉で感謝の意を伝えた政宗は柔らかな笑顔を作る。それがあまりに無防備なので、孫市に少しばかり悪戯心が沸き起こった。
「伊達、」
An?と首を傾げる彼に向かって手招きをする。素直に寄ってきたところでその頬に軽くキスしてやった。
「――――――っ!?」
キスをされた頬を押さえて反射的に「なにをしやがる!」と大声を上げた彼に双眸を細め。
「駄賃代わりだ。別に減るものでもあるまい?」
「そ、そりゃあそうだけど…」
離れた位置で放つ右目の気配の色が変わる。
これはあの男の反応が面白そうだ、と孫市は内心ほくそ笑んだのだった。


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