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人生楽ありゃ苦もあるさ

日々のつれづれや大好きなものを力いっぱい叫ぶ代わりに書き綴っています。サイト更新情報や、時々BASARA二次創作(小政、家政メイン)も。 

歴史講演会に行ってきました!

先月申し込んでいた歴史講演会に行ってきました。
題して、『豊臣秀吉の宇都宮仕置』。
定員は200名なんですが、応募締切日を待たずに定員満了で締め切ったという盛況ぶり。
テーマもテーマだし、さぞかし歴史好きなひとばかりなんだろうなーと思っていましたらば。

…敬老会のようでした(苦笑)。>歴史好きの敬老会???

ご老人が圧倒的に多かった…という。
周りをぐるりと見回しても若い人ってあまりいなかった、なorz

内容はタイヘン興味深いものでしたよ。
小田原城落城後に秀吉は「仕置」のために宇都宮と会津に向かうんですが、「会津まで行くか、会津までは無理でも宇都宮には必ず行くから!」という書簡があって、どうしてそんなに宇都宮に拘ったのかというお話。
天下様が宇都宮にやって来る!っていうんで、宇都宮氏が天下様逗留のために本城である宇都宮城から支城へ5年間引っ越してみたり、まあ秀吉の着宮までいろいろあったようですが。
「宇都宮」は頼朝の時代から対奥州の要衝だったらしく、奥州へ向かう起点であって、必ず軍勢は「宇都宮」で「宇都宮明神」に参詣し戦勝祈願をして奥州に向かったとか。
それが頭にあってわざわざ宇都宮で「仕置」を行ったのではないか、ということでした。
宇都宮へは奥州の案内役で政宗が逗留しています。
聞くと、タイヘン豪華なメンバーが宇都宮に集合したようで。
小田原に参陣したか否かで諸大名の領地が安堵されるかどうかが決まった…という話が一般的ですけど(だから遅参した政宗は首の皮一枚で繋がって良かったねという)、本当は宇都宮へ出仕したかどうかで決まったとか。
なので、関東や奥州の諸大名は遅れまじと必死になって宇都宮にやってきたそうです。南部氏とかもの凄い勢い…。

ちなみに、我らが筆頭。
奥州の案内役なので秀吉よりも先に宇都宮を離れるんですが、どうも天候が悪い日続きだったらしく…。
無理やり増水した鬼怒川を渡って…溺れそうになってま、す。
『まだ川が深い状況だったけど、なんとか馬を泳がせて渡ったよ。命はどうにか助かったよ』っていう書簡が(汗)。
その鬼怒川を私は毎日越えていますけど(苦笑)。
明日から鬼怒川を見る目がちょっと変わりそうな予感…。

おまけ。
頼朝の奥州征伐の際、先の戦勝祈願のお礼参りで捕虜にした奥州藤原氏方の人を神官として明神に献上したそうです。
敵方の人間を戦勝祈願した明神の神官に据えるなんて不思議だなーと思っていたら、一種の生贄みたいなものではないか、ということでした。
生贄って…そういう血腥い意味ではなくて。
<神>に奉仕するための<贄>。
なるほどー、とそんなあたりも面白く思った次第。



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